三度目の殺人

  • 2017.08.16 Wednesday
  • 09:32

JUGEMテーマ:試写会

 

三度目の殺人

 



♯96

この作品で、思いもかけないことを知った。
法廷は、真実を解明する所ではないということ。裁きは、真実と無関係に下されるという事実。
是枝裕和監督は、そうした実態を知り、真実が何か分からないまま、
人が人を裁いていかなければ維持できない不完全な“裁きのシステム”を描き出したのである。

河川敷で食品加工工場の社長が殺された。容疑者は、殺人の前科がある三隅という、工場の元社員。
三隅は、過去の経緯から死刑は確実と思われた。
この件の弁護を依頼された重盛は、死刑を無期懲役にできればそれでいい。それが裁判に勝つこと。
勝つためには、真実は二の次。弁護士は、依頼人に対しての共感や理解は必要ないと考えている。
そうした重盛は、拘置所で三隅容疑者と接見する。殺したのは自分であると罪を認める三隅。
争点は、動機だ。
お金欲しさで、否、社長の妻に保険金目当てで殺人を頼まれたとも供述が変わる。だとすると主犯は、社長の妻。
一面で思慮深さを感じさす三隅に、重盛は振り回されながら、いささか関心を抱くようになる。

ストーリーは、単なる裁判沙汰ではなく、不思議な展開をみせる。重盛と三隅の関係性が変化していく。
変化の表現は、弁護士と容疑者が向き合う接見室でしか、というかガラス越しの接見で交わされるやりとりからでしか表わせないのだが、そこが要点。
練り込まれた台詞、役者の巧みな表情と言い回し、言葉を際立たすために一切の音を排した演出、
接見を重ねるごとのガラスに移り込む二人の位置関係。
動きのないシーンで余分なことをせずに心理の変化を見事に描き出す。実にいい。
邦画にはない合理性が見事に成立した秀逸な作品。

真実は、どうでも良かったはずの展開。
加えて、弁護士・検察官・裁判官、それぞれの役回りは、決して対立している訳でなく、司法システムのなかで、
限られた期間内で結審していくという同じ目的を共有していることも前提になっていて、法廷劇という枠に収まらない奥の深さ。
二度目の試写で、タイトルの意味するところを理解できた。

2017.7.24/8.15試写

2017年9月9日(土)全国東宝系ロードショー 名古屋/ミッドランドスクエア シネマ、ほか
 

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