家族を想うとき/ Sorry We Missed You

  • 2019.11.04 Monday
  • 17:43

JUGEMテーマ:試写会

 

家族を想うとき/ Sorry We Missed You

 



♯182


ホームドラマではあるが、笑顔で食卓を囲む有り体のドラマではない。
現実、この社会がかかえる問題をストレートに捉え提起する、めいっぱい社会派の作品である。

銀行の取付け騒ぎで住宅ローンが流れ、住まいも仕事も失い、残ったのは暮らしを苦しめる
借金だけとなった家族4 人。
それでも前向きに生きようと努めるが、理不尽な社会の仕組みが足を引っ張る。

リッキーは、独立しフランチャイズの宅配業を始めることを決意。開業に先立ちクルマを購入するにも、
介護福祉士として働く妻の愛車を売り、さらに借金を重ねざるを得ない。
「1 日14 時間/週6 日、2 年間働き続ければ、マイホームが実現し、かつての暮らしをとり戻せる」と妻を説得。
新しいクルマが手に入った。妻は、バスでの移動で苦労が増えた。子どもとの触れあいの時間が減った。
親子のつながりは、留守電だけ。それもあってか長男(16 歳)は、けんか、万引きなどのトラブルを起こす。
学校から呼び出されるも両親は忙しくまともに対応できない。14 日間の停学に追い込まれてしまう。
長女(12 歳)も、昔がよかったと両親に訴える。

観ていて、辛い、重い、救いはないのかと社会の歪みを怨みたくなる。
どうして、こんな作品を創ったのだろう。
監督のケン・ローチは制作意図を次のように語る。
--------- 新自由経済が持ち込まれてから、労働者を守る仕組みが崩壊した。
“個人事業主” “フランチャイズ” という誘い文句で、
労働者は「働いただけ儲けは全て自分のものになる」という幻想を植えつけられる。
その挙句働くことをやめられなくなり、家庭や健康といった個人的な基礎が侵されていく。
仕事は家庭を守るためのものなのに、
現代では家族の時間を奪っているなんてバカげている。--------(パンフレットから引用)

そして、リッキーが怪我をして病院で診察を待つ時間での出来事。
付き添う妻がとうとうキレる特長的なシーンに胸を打たれる。
どんない苦しくても決して誇りを失わない二人の労働者の言葉。
こここそ監督が主張したかったことだろう。

終わり方も凄い。
「後は、観ているあなたの問題でもあるはずだからしっかり考えなさい」と問題を渡される。
働く意味、社会の仕組み、もちろん政治のあり様も関う、意義深い作品に出合った。

2019.10.30 試写/ S

2019 年12 月13 日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、ほか全国順次公開
名古屋/伏見ミリオン座

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