永遠の門 〜ゴッホの見た未来/ At Eternity’s Gate

  • 2019.09.22 Sunday
  • 16:33

JUGEMテーマ:試写会

 

永遠の門 〜ゴッホの見た未来/ At Eternity’s Gate

 



♯178


「だめだ、だめだ。こんな絵では人が集まらん。さっさと片づけてくれ」
パリでまったく評価されなかったゴッホ。

1890 年、37 歳で亡くなったゴッホの画家としての活動は、わずか10 年であった。
27 歳を迎え、画家として生きることを決意してパリへ出る。印象派の時代だ、
パリの画家たちからは相手にもされない。
ゴッホは、納得のいかない思いを、合ったばかりのゴーギャンに打ち明ける。
「新しい光を見つけたい」

ふたりの運命の出合いだ。

「南へ行け」。
ゴーギャンのアドバイスのままに南仏アルルへ。季節は冬。ゴッホの求める光はない。

監督は、自らが画家でもある。
それゆえに、彼自身がゴッホに成りきっているかのような映像ではないのか、
そう、ゴッホが求めた光、感じとったであろう光が細心をもって映し出される。
観ていて、「この光をゴッホも浴びていた。彼と同じ空間にいる」と実感できる。
流れるピアノ曲も力強い。ゴッホの鼓動をイメージさせる。
とはいえ、アルルでのゴッホの精神は、危うい。

本作は、危ういゴッホを追い続ける。重い。どこか哲学的である。
「永遠が見えるのは僕だけなのか」と自問するゴッホ。ゴーギャンも理解できない。
そして、「未来の人のために、神は私を画家にした」という思いに至る彼。
今日、高く評価されているゴッホの作品は、まさに危うさ極まる精神状態で描かれたものだ。

炎の人、ゴッホ。また、好きになる。

2019.9.19 試写/ G

2019 年11 月8 日(金)全国ロードショー
名古屋/ミッドランドスクエアシネマ

42nd ストリート

  • 2019.09.14 Saturday
  • 13:54

JUGEMテーマ:試写会

 

42nd ストリート

 



♯177


これは映画ではない。ブロードウェイそのものだ。
スクリーンはまるごとミュージカルの舞台になる。すごい!
50 人は優に越すダンサーの群舞が、コーラスが、本場の迫力で飛び出してくる。

本作は、1933 年に公開されたミュージカル映画『四十二番街』を舞台化したものだ。
大恐慌時代のニューヨーク。
重く暗い日々に明るい光を届けようと、演出家ジュリアンは、新作ミュージカルに命をかける。
我がままを言うスポンサー、プレミアム公開の前日には主役の女優が怪我。もう公演は無理!
代役は?群舞の中の一人ペギーが推薦されるも彼女は新人。
ペギーが引き受けてくれなければ、公演できない。
そうなると多くのダンサーは、職を失い家賃も払えない。一気に貧困者になってしまう時代。
しかし、ペギーには自信がない、重荷だ。

舞台装置は、シンプルな感じだが、さすがの工夫がなされて効果満点。
圧巻は、50 人以上のダンサーが舞台に寝て輪になって踊る場面だ。
客席からは、寝ているようにしか見えないが、カレイドスコープ(万華鏡)のような装置で
真上から大輪を思わす演舞を楽しむことができる。
タップダンスも、ただ事ではない。
どれだけ多くの人が踊っても乱れない。小気味よい音しか響かない。

試写室で座ったその席は、劇場の特別席以上の席であった。
本場ブローウェイで別の演目を観たことがあるが、そのとき以上にダンサー一人ひとりの表情がよく分かる。
加えて、要所要所がアップで映し出されるため、瞬間の場面を見逃すことがない。

ただ、残念なことがひとつ。
試写室のスクリーンがコンパクトなため、本作の余りある魅力を存分に得られなかった。
となれば、改めて劇場の大スクリーンで満喫するしかない。
公開が待ち遠しい。

2019.9.12 試写/ S

2019 年10 月18 日(金)東劇、先行限定公開
名古屋/ 10 月25 日(金)ミッドランドスクエアシネマ

見えない目撃者

  • 2019.09.06 Friday
  • 10:06

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見えない目撃者

 



♯176


気をひくタイトルだ。
視力を失った元警察官が遭遇した事故から事件を直感する。
耳に残るスケボーの音、かすかな酒の臭い、助けを求める女の子の消え入るような声。

浜中なつめは、自ら起こした交通事故で高校生の弟と視力、警察官の職を失い
3 年を経たいまも失意から抜け出せず精神科に頼る身である。
そうした折りの事故、否、事件。
彼女は、女子誘拐事件だと確信し警察に訴えるが、まともに聞き入れてもらえない。
被害届も出されていないうえ、なつめが聞いたと言い張る女の子のリストも出てこない。
彼女は、合点がゆかない。
そうだ、スケボーをしていたであろう少年が事の成り行きを知っているはず。
少年を見つけ出すことができたものの、少年= 高校生は、女の子を目撃していないし
声も聞いていない、運転していた男の顔すら覚えていないと、迷惑そうな口調。

見えない目撃者と見えていない目撃者。
やる気のない警察官とあきらめきれない元警察官。

互いが絡みあう人間ドラマの様相かと思いきや、
世の中に絶望した女子高校生たちや彼女らを食い物にする大人たちの欲望が混ざり込み、
あの事故は、なつめが確信したとおりの事件へ。どうも誘拐だけではなさそうだ。
流れはミステリーの色を深めるが、たちまちサイコサスペンスでホラーの域まで達し
不自然さを感じてしまう。
それでも巧みな布石とテンポの良さで不自然さなど気にしてられない。

見えない犯人に近づくにつれ、追い込まれていくなつめ。
あぁ〜、刃物をふりかざして後から!
もはや犯人探しよりも、なつめの無事を願うのみ。

……思いっきりストーリーに引きずる回されてしまった。

2019.9.3 試写/ T

2019 年9 月20 日(金)全国ロードショー

真実

  • 2019.09.02 Monday
  • 15:55

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真実

 



♯175


主演。カトリ‒ヌ・ドヌーヴ。役は、ファビエンヌという名のフランスの国民的な女優。
女優が年かっこうそのままの女優を演じるわけで、
もしやカトリ‒ヌ・ドヌーヴ自身の物語ではないかと思ったが、真実ではない。

本作は、ファビエンヌが著した自伝本の題『真実』からきている。

本の出版を祝ってアメリカに暮らす娘家族3 人が帰って来た。
娘は、毋を祝うことよりも本の内容を知りたいのが本心のようだ。
出版に先駆けて原稿を読ませてくれることを約束していたにもかかわらず、毋は裏切った。
案の定、事実とは異なること、書かれていないことに娘は「どこに“真実” があるの」と
毋を問いつめる。
ファビエンヌは平然と「女優は、本当のことは言わないものよ」と娘を受け流す。
読んで納得いかないのは娘だけではない。
長きにわたって支えて来た秘書も自分のことが1 行も書れていないことに嘆き去ってしまう。

さらに、女優としてライバルであり、親友でもあった亡きサラのことが書かれていないことに
娘は毋の人間性さえ疑う。
サラの再来とまで噂される若い女優の毋役を引き受け、いま撮影のただ中にある毋。
大した映画じゃないと公言しつつも、なぜ引き受けたのか心中が理解できない。

物語の柱をなすのは、ファビエンヌと娘の葛藤であるが、娘の実父である元夫、娘の夫= 婿、
孫娘、現在のパートナーである料理人、秘書の7 人の関係性や人柄を丁寧に編み上げ
優しい肌触りであたたかいセーターのような仕上がりを観せてくれる。

やがて、娘は気づく。本当のことを素直に書けない、うそを書いてしまう
それがファビエンヌという女優の、また、毋のいまの“真実” であることを。

なるほど、ファビエンヌは、カトリーヌ・ドヌーヴではない、が
子犬を連れて散歩をするシーンを観て、まるで彼女のいまの“真実” の姿としか思えない。
是枝裕和監督の思惑ではないだろうか。真実を知りたい。

2019.8.27 試写/ G

2019 年10 月11 日(金)TOHO シネマズ日比谷、ほか全国ロードショー
名古屋/ミッドランドスクエアシネマ。ほか

今さら言えない小さな秘密

  • 2019.08.28 Wednesday
  • 09:44

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今さら言えない小さな秘密

 



♯174


そこは南仏プロヴァンスのとある村。自転車にまつわる伝統をもつという。
小鳥がさえずる山坂を少年が自転車を脇に、まるでペットを散歩させているように歩いて来る。
後からこどもたちの笑い声や自転車のベルが聞こえてきた。
少年は、いきなり自転車を道の下へ突き落とし、自身も隠れ一団をやり過ごす。

あの時の少年ラウルは、いま、村で評判の自転車店を営んでいる。
父は、郵便配達員で彼の後を継ぐはずだったが、事情があって望み通りにはならなかった。
どんな事情? それこそが秘密だ。
ある日、雨降るなかラウルは意を決して父に秘密を打ち明けた。
瞬間、父は雷に打たれて命を落としてしまったではないか。

雨降るある日、ラウルは募る思いを彼女に伝えようと決心し、秘密も打ち明けた。
秘密を聞かされた彼女は、気を落として外に飛び出した。瞬間、雷が落ちて……。

本作は、イラストレーター、漫画家ジャン= ジャック・サンペの原作を映画化したもので
全編にまぶされたユーモアに反して、ラウルの言えない苦しみの輪郭がくっきりと浮かぶ。

ずっとかかえてきた秘密、それは今さら誰にも言えない。でも、隠したままで結婚できた。
二人の子どもに恵まれ、温かい家族との日々。
なのに、村の人たちの写真を撮りたいとパリから越して来た写真家が、ラウル苦しめる。
村の急な坂を自転車で走り下る彼を撮りたいと強く要求。
もはや断りきれないラウル。で、遺書を書いて挑戦、実戦。
ここでも原作者のユーモアがきいて思わぬ展開へ。
ラウルは、事情と重い秘密を妻に打ち明ける。彼女は、そんなラウルに落胆するのか。

観ているこちらも妻の言葉が気になる。

南仏に吹くミストラルに包まれて読む絵本をイメージしてしまう心地よい物語。
言えない秘密とは、自分がそう考えているだけで、他の人には何気ないものかも。

2019.8.27 試写/ S

2019 年9 月14 日(土)シネスイッチ銀座、ほか全国順次ロードショー
名古屋/ 10 月18 日(金)伏見ミリオン座

レディ・マエストロ/ The Conductor

  • 2019.08.23 Friday
  • 17:35

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レディ・マエストロ/ The Conductor

 



♯173


「で、君は何になりたいのかい?」
「指揮者です」。24 歳のウィリーは衒うことなく応えた。
先に笑い出したのは女性たちである。あざけるように、周りにいる男たちに媚びるように。
音楽家が集うディナー席でのことだ。

1926 年、ニューヨーク。
ウィリーは、コンサートホールの案内係として働いていた。彼女の夢は、指揮者になること。
ところが、思いが強すぎてトラブルを起こし失職。新たな職を探すが面接で落とされ続ける。
父親は、清掃員として働き暮らしは貧しい。家で待つ母親は、彼女の収入をあてにしている。
夢とはほど遠い環境にありながらも、彼女の思いがくじけたりすることはない。

本作は、事実の物語だ。で、女性指揮者として成功するわけだが、
まるで小説のような展開で道筋が開ける。
否、悔しさ、惨めさ、恋しさ、怒りも越えて前へ前へと突き進み、開いていく彼女だ。

春先に観た、女性で最初の最高裁判事となったルース・ギンズバーグを描いた『ビリーブ 未来への大逆転』
でもそうだったが、女性が夢を叶える困難さを実感として知ることになる。
困難な状況は昔のことではない。
女性が医師を目指すも、大学入試で差別する大学が少なくなく、議員になれば、わざわざアタマに
女性の冠がつく。女性弁護士しかり、女性パイロット、……、
だいいち、本作の邦題がそうだ。原題は、『指揮者』であるのに、なぜか女性(レディー)の
冠がついている。ストーリーとの矛盾を感じなかったのだろうか。
だとすれば、日本人の女性に対する見方は1926 年当時と何ひとつ変わっていないといえそうだ。

さておき、ウィリーは養子であったことを知り、本名のアントニア・ブリコを名乗り
その後の人生を歩むが道の険しさは変わりない。

そのアントニアの言動には、納得がいくし、共感の限りである。
ひと言ひと言が理にかなった説得力のある言葉と指揮で、
女性は指揮者になれないと断言する男性指揮者に「目を閉じて聴けば
男性・女性の区別はつかないな」と言わせてしまう。
まさしく、この度アントニアから最近にない感動をプレゼントされた思いだ。

2019.8.22 試写/ C

2019 年9 月20 日(金)Bunkamura ル・シネマ、ほか全国順次ロードショー
名古屋/ 9 月21 日(土)名演小劇場

ジョン・ウィック:パラベラム/ JOHN WICK:PARABELLUM

  • 2019.08.12 Monday
  • 11:43

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ジョン・ウィック:パラベラム/ JOHN WICK:PARABELLUM

 



♯172


すごい!
何がすごいたって、銃撃戦の無茶苦茶なこと。
撃つ弾数の異常な多さ、それも標的の目の真ん前でぶっ放す。
ナイフもスクリーン一杯に飛び交うし、殴り合いもとことん打ちのめす。

で、ストーリーはというと、裏社会の殺し屋ジョン・ウィックが組織の掟を破ってしまったばっかりに
その組織に追われる身となり、さあ、どうする?どうなる?という流れ。
追われる役者がキアノ・リーブスという次第で、無様に逃げ回ったりはしないし捕まらない。
組織と正面から立ち向かう。強いし、弾もナイフも、執拗な追跡も
キレのいい身のこなしで格好よくよけ、決してくたばらない。

本作は、殺し屋『ジョン・ウィック』シリーズの第3 作目で、これがクライマックス、最後。
過剰な程のアクションが痛快で、前作を観ていなくても思いっきり楽しめる。
ちなみに、ジョン・ウィックの人物像をパンフレットから引用。
彼は、殺し屋を始末する殺し屋で、鉛筆1 本で3 人を瞬殺してしまうすごい奴。愛犬家。
着ているスーツは、弾丸を通さない特殊繊維でできているという。
なのに、ナイフで肩を刺されてしまい縫わなければならない深いキズを負うシーンには、
いささかの矛盾も。
寿司屋の職人がマフィアだったり、情報収集には伝書鳩こそ信頼できるという情報屋がいたり
使う電話機がダイヤル式という裏社会の事情は、とても興味深い。

映画を観る目的は、人それぞれで“ストレス解消のため” という向きに、本作はうってつけ。
理屈屋には不向きな作品である。

2019.8.2 試写/ S

2019 年10 月4 日(金)TOHO シネマズ日比谷、ほか全国ロードショー
名古屋/ TOHO シネマズ名古屋ベイシティ、ほか

プライベート・ウォー/ A PRIVATE WAR

  • 2019.07.28 Sunday
  • 11:26

JUGEMテーマ:試写会

 

プライベート・ウォー/ A PRIVATE WAR

 



♯171


左目に黒い眼帯、右目で何かを鋭く睨みつけている女性。
本作のパンフレット表紙の描写だ。

彼女は、英国サンデー・タイムズ社の特派員記者である。
レバノン内戦、湾岸戦争、チェチェンや東ティモール紛争などの殺し合いの現場から
そこで起きている“真実” を伝え続けた。

2001 年、スリランカ内戦の最も危険なただ中で取材を敢行。
最中に国軍が放ったロケット弾が、彼女の左目の光を奪う。
さらに、心的外傷後ストレス障害(PTSD)が容赦なく苦しめる。
周囲が案ずるが、それでも現場へ復帰。左目に黒い眼帯、ストレスは飲酒の量を増やす。
危険な所へは行かないという選択肢は、彼女にはなかった。

現実、戦火を交える現場は過酷だとわかっているのに、なぜ、わざわざ戦争取材を行うのか?
自分の都合で行ったのだから、被害に合おうが自己責任だ、と非難する向きも少なくない。
それは権力者の横暴を見逃していることと、本作は暗示する。

2003 年、黒い眼帯の彼女は、フセイン政権によって殺害されたクエート人の遺体発見の現場から
2009 年、タリバン攻撃の無謀をアフガニスタンから
2011 年、リビア反政府デモ“アラブの春” の実状を報じ続ける。
被害者の多くは市民であり、「私たちが眠っている間に子どもたちは死んでいく」という生々しい“真実” を
世界に向けて発信しつつも、深い絶望感にさいなまれる彼女。

苦悩、葛藤、恐怖が巡るジャーナリストの日々。
巨大な不条理を生みだし続けている戦争、生みだしかねない無能な政治家の強欲ぶり、
その現実に目を向けようとせず、醜い現実をイメージさえもできない一人ひとりが何と多いこと。
監督は、ドキュメンタリー映画を手がけてきた巨匠だけに、ドラマ仕立てにはなっているが
市民が苦しむ表情、遺体が転がる場面はリアルなだけに観ていて訳もなく涙があふれる。

2012 年、彼女は苛酷な状況で包囲されている28,000 人の市民の“真実” を報道するため
シリア・ホムス地区に乗り込んだ。
衛星電話でライブ・レポート。チャンネル4、BBC、CNN などが同時ライブ。
終えて1 時間後、政府軍の砲弾が彼女たちを襲う。暗殺されたのだ。
彼女の名は、メリー・コルヴィン、享年56 歳。睨んだ右目には、何が見えていたのだろう。

2019.7.25 試写/ S

2019 年9 月13 日(金)TOHO シネマズシャンテ、ほか全国公開
名古屋/伏見ミリオン座
 

永遠に僕のもの/ EL ANGEL

  • 2019.07.24 Wednesday
  • 18:35

JUGEMテーマ:試写会

 

永遠に僕のもの/ EL ANGEL

 



♯170


アルゼンチンの映画である。
こんなにも残酷な犯罪者を描きながらも、娯楽性が先立つのはなぜだろう。
原題からしてエンジェルという次第だから、犯罪者を糾弾しようとする社会派を気取るつもりはないようだ。

1971 年、ブエノスアイレスで起きた実話の物語だ。

平然と空き巣を重ねる17 歳の高校生、カルリートス。
両親は、息子の悪事に気づいていたが環境を変えることでやり直せると思い転校させた。
しかし、このことが裏目に出てしまったのだ。
新しい学校で出合った同級生の父親は、裏社会に生きる前科者。
カルリートスに銃の撃ち方を教え、挙げ句に同級生を含めた三人で銃砲店に忍び込み盗みを働く。
このことがきっかけでカルリートスは銃を持ち歩くようになる。持てば撃ちたくなる。
さらに強盗を重ね、人に向かって撃つ喜びさえ覚えてしまい、とうとう殺人さえ犯してしまう。
顔色を変えることなく、後悔の様子も見せず「もっと自由に生きるんだ」とうそぶく始末。
家に帰ると両親思いの息子を装い、親も見て見ぬ振りなのか、疑いを口には出さない。
犯罪はエスカレートする。

本作は、音楽が多用されていて、それぞれの歌詞がカルリートスの心境と見事にオーバーラップする。
どの曲もノスタルジックで、ついつい聞き入ってしまい、
犯罪の重さや犯罪者への怒りなどうすれてしまうように感じる。
そうか!これがラテン系の“ノリ” か、と決めつけてしまうのは短絡的とわかっていても
犯罪者をエンジェルのように思わせてしまう“ノリ” は、間違いなくある。

最後の最後、古びたラジオから流れ出す曲に合わせて軽い身のこなしで踊る若い犯罪者。
そして、たった一人の身柄を確保するためにとられた行動を見れば、
どうにも大袈裟で、誰もが“ノリ” の存在を確信できるはず。

初めて観たアルゼンチンの作品。本国ではNo.1 のヒットだというが、
文化とは、なかなか理解し難いものと知る。

2019.7.23 試写/ G

2019 年8 月16 日(金)渋谷シネクイント、ほか全国公開
名古屋/伏見ミリオン座

 

あなたの名前を呼べたなら/ Sir

  • 2019.07.16 Tuesday
  • 09:08

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あなたの名前を呼べたなら/ Sir

 



♯169


その人の名前を呼べないのは、身分が異なるから。
それでも、その人を名前で呼べたらと願うわけは……

舞台は、インド有数の都市ムンバイに建つタワーマンション。
住人は、挙式直前に破談になってしまった、その人の名前はアシュヴィンだ。
彼は、建設会社を有する家庭に育ち、階級意識が非常に強い層に属する。
ゆえに、メイドのラトナとは対等なはずがない。
ましてやラトナは、田舎の農村の出で、19 歳で嫁がされたものの夫を病気で亡くしてしまい
とにかく街に出て稼ぐしかない。
稼いで夫の実家に仕送りし、妹の学費まで負担しなければならない身の上である。

ラトナは、雇い主に対して「旦那様(Sir)」と呼びかけ、「わかりました旦那様」と応えるだけだ。

例え夫が亡くなっても、嫁いだらそこの人となって生涯を終えるのが当然とされ
加えて、化粧はダメで、アクセサリーで飾るなんてもっての外というラトナの故郷の慣習。
現代のインドにあって、何とも遅れた価値観に驚きすら覚える。階級意識もそうだが。
否々、わが住む国でも同様の状況はつい最近まであったし、
夫を疑問を抱くことなく主従における「主人」と呼び、
「お宅のご主人は?」と問いかける女性は、今日でも当り前のように多い。
また、女性は外に出ず家庭を守るべきと決めつける男も、若い人にも多くいる。
で、こうした状況を描いた邦画が製作され、よその国で上映されたら、何て遅れた国だと思われることだろう。

さて物語は、雇い主と使用人の関係性を浮き彫りにしながらも、そこに微妙な波長の乱れを添える。
地味に働きながらもファッションデザイナーへの夢を叶えたいと志すラトナを前に
親の敷いたレールにそって無自覚に生きてきた自身の有り様に情けなさを感じてしまう旦那様。
ラトナは、自分の立場を見失うことのない意志の強い女性だ。
関係性は、平行線のまま交わることはない。

ちなみに本作は、アメリカで大学教育を受けヨーロッパでも活躍しているムンバイ出身の女性監督だけに
インド社会の差別への視点がラトナにオーバーラップされているように思える。

2019.7.10 試写/ C

2019 年8 月2 日(金)Bunkamura ル・シネマ、ほか全国順次公開
名古屋/ 8 月3 日(土)名演小劇場

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